2014年09月10日

小松島にて〜金長たぬき

日本丸を見学した後
小松島港近くのたぬき広場に行ってみました
ここには大きな狸の像があるのですが
地元にいながら姉たちもまだ見たことがないとか
私も以前行ったときには見損ねていたので
場所を探しながら車を走らせました


これがその像です
割と愛嬌のある顔をしていますね


金長たぬき0944.jpg


金長たぬき0942.jpg


こ〜んなに大きいんです
側の人と比べてみてください
この像の前で手を叩くと
後ろの滝の水が流れます


金長たぬき0941.jpg


狸の名前を金長たぬき
こんなお話があります


江戸時代の天保年間、日開野(現在の小松島)に金長というたぬきが住んでいた。
ある時、村の子供達が枯れ葉を燃やし、穴の中の金長をいぶり出そうとしていたところ、
日開野の染物屋「大和屋」の主人、茂右衛門が通りかかり、哀れに思って命を助けた。
金長は、恩に報いるため「大和屋」に移り住んで、守り神になり、
店は大いに繁盛した。
金長はその後、四国狸総大将津田浦の六右衛門の許に修行に出て、
化学(ばけがく)に勤しんだ。
六右衛門は、頭角をあらわした金長の才覚に目を付け娘の小芝姫の婿にと望んだが、
金長は「大和屋」への恩義から六右衛門の申し出を辞退した。
六右衛門の家来、作右衛門ら四天王はこれを主君への逆心と思い込み金長とその家来を襲った。
かろうじてひとり日開野へ逃れた金長。津田山の高坊主の仲裁も叶わず、
両軍兵を挙げた。
この戦いは、阿波の狸界を二分する激しさとなった。
世にいう「阿波狸合戦」である。
両軍激闘の末、ついに六右衛門は討死。
金長も深手を負い、せめてご主人の茂右衛門に別れを告げようと、
やっとの思いで「大和屋」に帰ってきた。
金長は茂右衛門に優しくしてもらった礼を言い、静かに息を引き取った。
彼の生き様に感激した茂右衛門は、正一位金長大明神として長くたたえたという。

                                   金長たぬきの民話〜解説板より

広場の近くにはたぬきがいっぱい
水飲み場も
広場の車止めも
可愛いたぬきさんです


金長たぬき0951.jpg


金長たぬき0952.jpg


金長たぬき0953.jpg


広場の側の郵便ポストにも
こちらはかなりリアルなたぬきさんですね
首から提げているのは集配鞄でしょうか


金長たぬき0955.jpg


金長たぬき0956.jpg


このポストの集配をする郵便局だと思いますが
近場の局は金長だぬき郵便局といいますよ


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ラベル:徳島
posted by 純 at 20:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅の一コマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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